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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)135号 判決 1997年9月24日

静岡県袋井市堀越388番地の2

原告

有限会社秀月人形店

代表者取締役

重田晃男

訴訟代理人弁理士

野末祐司

田中二郎

静岡県袋井市深身2410番地

被告

鈴木昇

訴訟代理人弁理士

亀川義示

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成6年審判第13782号事件について、平成8年3月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、意匠に係る物品を「五月人形」とし、形態を別添審決書写し別紙第一とする意匠(昭和60年7月15日登録出願、昭和62年10月9日設定登録、登録第723759号意匠、以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。

原告は、平成6年8月15日、被告を被請求人として、本件意匠につき登録無効の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成6年審判第13782号事件として審理したうえ、平成8年3月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月6日、原告に送達された。

2  審決理由の要旨

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件意匠は、その出願前である昭和51年1月21日に発行された意匠登録第414201号公報に所載された意匠であって、形態を別添審決書写し別紙第二とする意匠(以下「引用意匠」という。)と、意匠に係る物品が「五月人形」であって同一であるが、意匠の類否判断を支配する各部の具体的態様において、一定の差異が認められるものであるから、本件意匠は、引用意匠と意匠全体として類似するものとすることができないので、意匠法3条1項3号に規定する意匠に該当しないものであるとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件意匠及び引用意匠の意匠に係る物品が同一であること、両意匠の形態及び共通点の認定は認める。差異点の認定のうち、<1>顔について、<2>忍緒の太さについて、<3>引用意匠の鎧の態様の細部について、<10>色彩の有無についてを争い、その余は認める。両意匠の類否判断は争う。

審決は、本件意匠と引用意匠との差異点の認定を誤る(取消事由1)とともに、両意匠の共通点及び差異点についての類否判断を誤った(取消事由2、3)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  差異点の認定の誤り(取消事由1)

(1)  顔の態様について、審決は、本件意匠は全体がやや下膨れでふっくらとした顔つきで、目は切れ長であるのに対して、引用意匠は全体として凛々しい顔つきで、目を見開いているとするが、両意匠とも、若武者の特徴を表現して、凛々しく、また、ふっくらした顔つきである。目は、両意匠とも切れ長であり、ややつり上がった状態であって、その違いは、目の見開きの程度の差にすぎない。

(2)  忍緒について、審決は、本件意匠の方が引用意匠に比べてやや太いとするが、両意匠の太さは微差であり、差異はほとんど認められない。

(3)  鎧の態様について、審決は、引用意匠は弦走の表面に草摺状の重ね板を施しと認定するが、弦走の表面の草摺状の重ね板は明瞭でない。

(4)  審決は、本件意匠と引用意匠では色彩の有無に差異があるとするが、本件意匠はカラー写真で出願され色彩を有しており、他方、引用意匠は白黒写真で出願されており、このように色彩を有する意匠とそうでない意匠を比較するときは、両意匠とも色彩はないものとして、その明度差だけ、つまり模様だけで類否を判断するのが意匠法上の定法であるから、審決の判断は誤りである。

2  共通点の評価の誤り(取消事由2)

(1)  兜の鍬形は、兜の最も特徴的な部位であり、人目を惹くところのものであり、昔の武将はこの鍬形に意匠を凝らし個性的なものとしていた。この考え方は、人形にも伝統的に引き継がれており、創作者によって種々の鍬形がある。そして、従来、五月人形の分野においては、兜の鍬形は幅が広く短めの丸形が一般的であった(甲第6号証の1~33の各意匠公報参照)。したがって、本件意匠と引用意匠のように細長い長鍬形は、創作性があるので人目を引きやすく、意匠の類否判断において重要視されなくてはならない。

(2)  本件意匠と引用意匠の鎧直錘は、袖を七分袖とし、その上腕部と手の下腕部に手足具を付けたものであり、実際に休息中の武者には見られず、人形に限って存在するものである。しかも、両意匠は、型くずれを防止し、凛々しさ及び重量感を出すために、腕そのものと袖布地の間に綿等のつめものをしてふくらみを付け、手足具を左右に付けることにより、愛らしさ、力強さを表現したものである。したがって、五月人形として独特の創作性があるので、人目を引きやすく、類否判断の重要な要素たりうるものであり、その特徴については、実用新案としても登録されている(実用新案登録第1264877号・実公昭和53-17906号公報、甲第7号証)。

(3)  本件意匠と引用意匠の鎧は、いずれも大袖、弦走、胸板、栴檀板、鳩尾板、前草摺、射向草摺、引敷草摺、佩楯からなり、総ての草摺の裾部の角に裾金物を施しており、本物の鎧を忠実に再現している。このように人形という限られた条件の範囲で実際の鎧を忠実に再現して各部を揃えることは、非常に困難であり珍しいものであるから、購買者の注意を喚起し購買意欲をそそるものであり、類否判断の重要な要素たりうるものである。

(4)  本件意匠と引用意匠の腰刀を差している丸くげ帯は、身体の正面中央に位置し最も看者の目に触れやすいところである。そして、この丸くげ帯は、実際の武者にはないものであるから、この部分に五月人形としての特徴があるので、類否判断上、極めて重要視しなければならない。

(5)  以上のように、本件意匠と引用意匠に共通した具体的態様は、従来の態様と比べて新しいものであって創作性があり、これら各部の態様を組み合わせた形態を意匠全体として見ると、看者に両意匠の共通の特徴として印象づけるものと認めることができ、類否判断を左右するものである。

したがって、この点に反する審決の判断(審決書12頁17行~13頁5行)は誤りであり、これらの共通点は、両意匠の差異点を凌駕するものといわなければならない。

3  差異点の評価の誤り(取消事由3)

(1)  顔については、前述のとおり、両意匠は凛々しくふっくらとした顔つきが共通するものであり、目は、見開きの程度の差という微差があるにすぎない。口許は、本件意匠は小さく、引用意匠は多少への字に閉じた態様であるが、これは口許を引き締めて大将としての威厳を表したものであり、この種の五月人形としては大きな差異ではない。

五月人形は、もともと人間の子供の武者姿を模倣した人形であるから、子供らしいふっくらした顔に、子供らしい、目、鼻、口等の造作が配されていればほとんど差異は認められない。つまり、この物品においては基本的な造作、形状等の形態は同一と考えられ、その部分に創作性は存在しない。しかも、両意匠におけるわずかな差異は、従来の五月人形に存在していた顔、例えば「鐘馗顔」「公家顔」「大人顔」「子供顔」のうちの、「子供顔」の範疇を超えるものではないから、両意匠は共通した印象を与えるものである。

(2)  忍緒については、両意匠の共通する部分、すなわち顎で太い忍緒をしっかりと結んでいることが人目を惹くのであり、忍緒の太さは微差であり、差異はほとんど認められない。

(3)  引用意匠の弦走の表面の草摺状の重ね板は明瞭でないから、本件意匠の弦走上の模様との美感上の差異は認められない。

本件意匠と引用意匠は、ともに大将が腰掛けて足を八の字状に開いた周知形状であるから、射向草摺を、体の真横に正面視八の字状に設けているか、あるいは、八の字状に広げた両足の上に配したかは、看者に差異を感じさせるものではない。

さらに、両意匠とも、前草摺が身体の前方の両側に開いた一対の射向草摺の間に存在しているから、看者からすれば、射向草摺の位置を意識せず、前草摺と射向草摺を横方向一連一体に看取されるものと思われ、その場合、佩楯の位置の微差も含めて両意匠の相違はなくなる。

(4)  手の位置について、両意匠とも、右手には采配を持っているから、その右手が略水平かあるいは多少くの字状に曲がっているかは、創作上の微差にすぎず美感において紛らわしい。さらに、左手の位置が、左腰の真横か左足大腿部上かはほとんど同じ形態と考えられ、両意匠の差異はないといえる。

要するに、台(椅子)に腰掛け、足を開き、両腕を両側に張り出して威厳を示している武者人形の全体の形態からみれば、采配の位置や手の位置のこの程度の相違は、意匠の差異とは認められないものである。

(5)  背矢は、武者人形の備品にすぎず、標準的な付属品として付加されるものであり、引用意匠の背矢が正面から肩越しにわずかしか見えないことも考えあわせれば、意匠の類否判断の対象にしないのが妥当である。

(6)  太刀の有無について、太刀も武者人形の備品にすぎず、状況に応じて付加されるものであり、両意匠はともに腰刀を持っているため、太刀の有無は意匠の類否判断の対象にしないのが妥当である。

(7)  腰掛けの形状について、本件意匠は、角を丸めた円板を柱状に積層したような丸座であるが、これは既に公知あるいは周知の形状であり、意匠の類否判断の対象としては不適である。

(8)  台の態様について、本件意匠は、その上面が畳模様を表しているのに対して、引用意匠は、無模様であるが、いずれも台の上には武者人形が座っており、台の表面は看者はあまり注意して見ない。しかも、畳模様と無模様はいずれも周知の形態であり、創作性がなく、意匠の類否判断の対象とはならないと考えられる。

(9)  敷皮の有無について、敷皮も、武者人形の備品にすぎず、場合に応じて付加されるものであるから、その有無は意匠の類否判断の対象にしないのが妥当である。

(10)  以上のとおり、両意匠の差異点は、意匠の類否判断上重要視されるものではなく、両意匠の共通した態様を凌駕して両意匠全体の形態に影響を与えるものとは認められない。この点に反する審決の認定・判断(審決書13頁6行~15頁14行)は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  顔について、本件意匠が、目が切れ長でほぼ真横に伸び、顔全体がやや下膨れでふっくらした顔つきに表れ、京風の上品でやさしい(おとなしい)感じがするのに対し、引用意匠は、つり上がった目を見開き、いわゆるまなじりを決するような態様に表れ、口許はややへの字に閉じた状態であって、全体として東風の凛々しい顔つきに見えるものである。

(2)  本件意匠の忍緒が、引用意匠に比べてやや太く見えることは、両意匠の図面代用写真により明らかである。

(3)  引用意匠の意匠公報(甲第3号証)の斜視図を見ると、弦走の表面に草摺状の重ね板を施している点が明瞭に認識できる。

(4)  色彩は意匠の1要素としそ定義されているのであるから(意匠法2条)、これを無視できない。審決は、色彩を有する意匠とそうでない意匠を比較するときの常法に従い、本件意匠の色彩を明度差を中心とするトーンに引き直して比較しており、不当な点はない。

2  取消事由2について

(1)  兜における長鍬形は、丸鍬形と共に古くからよく知られていたものであり、特に特徴のあるものではない(1956年2月25日発行、平凡社「世界大百科事典6」81頁、乙第1号証)。このようによく知られた長鍬形を人形に転用することは、人形業界の商慣習からすれば何の創作性もなく、意匠の類否判断で重要視されるものでない。

原告の提出する各意匠公報(甲6号証の1~33)には、床几等に座った状態の武者姿の五月人形が多数意匠登録されており、この中には、全体としての形態は一見同じように見えるが、該形態中の個々の部位が相違する各意匠が、各々非類似の意匠として登録されており、審決の判断の正当性を裏付けている。

(2)  鎧直錘の袖を七分袖とし、手の部分に手足具を付けることは、五月人形において古くからよく知られていたものであり(昭和58年5月30日発行、東京堂出版「吉徳これくしょん雛人形・五月人形・羽子板」、乙第2号証)、実際の武者の姿において、手足具を鎧直錘の上腕部と下腕部に付けることも古くからよく知られていたことであり(昭和27年6月15日第13刷発行、白楊社「新国語図録」21頁、乙第3号証)、このようによく知られた態様を人形に転用することは、人形業界の商慣習の1つであるから、意匠の類否判断で重要視されるものでない。

原告主張の実用新案登録(甲7号証)は、上記構成に特徴があるとして登録されたものではなく、上記構成をどのようにして人形に取り入れるかという観点から、袖内に詰物を詰めその袖口部分をほぼ肘部で結束保定させて上膊部にふくらんだ袖をもたせる構成を採用したことにより登録されたものである。上記袖内の詰物のように人形の外観に現れない技術的な構成は、意匠としてとらえられないから、意匠の類否判断に影響しない。

(3)  実際の鎧を忠実に五月人形に再現することは、業界において通常とられる商慣習ともいうべき慣用手段であり特に目新しいものではない。

(4)  その余の原告の主張にも理由はなく、審決の共通点に関する認定・判断(審決書12頁17行~13頁5行)に誤りはない。

3  取消事由3について

(1)  需要者が、人形を購入するに際して先ず注目し、最も注意深く観察するのは、人形の顔である。このことは、需要者が仮にその人形の鎧や兜が気に入ったとしても、人形の顔が気に入らなければ、購入を手控えてしまうという永年の経験の教えるところである。このように、人形の顔が持つ意味はことのほか重要であって、まさに「人形の顔こそ命」といっても過言ではない。したがって、人形の意匠において、顔の態様が明瞭に相違していることは、両意匠を非類似とする上で極めて重要な要素である。

そして、前述のとおり、本件意匠の五月人形の顔が、京風の上品でやさしい(おとなしい)感じがするのに対し、引用意匠では、東風の凛々しい顔つきに見えるものであるから、両者は明瞭に相違しており、看者に与える印象が全く異なる。両意匠が、ともにふっくらした顔つきであるとしても、それは若武者の五月人形として一般的な顔の態様であって、看者の注意を惹くものではないことは明らかである。

(2)  忍緒は、上記した顔のあごの部分に位置していることから、本件意匠と引用意匠における太さの相違は、一層明瞭となるから、両意匠の類否判断において無視できるようなものではない。

(3)  その余の原告の主張にも理由はなく、審決の判断(審決書13頁6行~15頁14行)のとおり、本件意匠と引用意匠の差異点は共通点を凌駕しており、両意匠は非類似の意匠といわなければならない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立(写しについては、原本の存在及び成立)については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  審決の理由中、本件意匠及び引用意匠の意匠に係る物品が「五月人形」であって同一であること、両意匠の形態及び共通点の認定、差異点の認定のうち、<1>顔について(審決書9頁6~10行)、<2>忍緒の太さについて(同9頁10~12行)、<3>引用意匠の鎧の態様の細部について(同9頁17~18行)、<10>色彩の有無について(同11頁2~3行)の認定を除く部分は、いずれも当事者間に争いがない。

2  差異点の認定の誤り(取消事由1)について

本件意匠を示す審決書添付別紙第一及び本件意匠が所載された意匠公報の図面代用写真(甲第4号証)並びに引用意匠を示す審決書添付別紙第二及び引用意匠が所載された意匠公報の図面代用写真(甲第5号証)によれば、顔の態様について、本件意匠は、顔全体がやや下膨れでふっくらした顔つきであり、目が細く切れ長でほぼ水平に伸び、口許も水平でやや小さく、比較的上品でおとなしい感じがするのに対し、引用意匠は、ふっくらした顔つきではあるが、ややつり上がった目を大きく見開き、いわゆるまなじりを決するような様相であり、口許はへの字に閉じられ、全体として凛々しい顔つきに見えるものである。また、本件意匠の忍緒は、引用意匠に比べてやや太いものと認められる。さらに、引用意匠に係る上記図面代用写真の正面図及び斜視図を見ると、弦走の表面に草摺状の重ね板を施している点が認識できる。本件意匠が色彩を有するのに対し、引用意匠が色彩を有するものでないことも明らかである。

したがって、審決における両意匠の差異点に関する認定(審決書9頁6~12行、同頁17~18行、11頁2~3行)に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。

3  共通点及び差異点の評価の誤り(取消事由2、3)について

(1)  本件意匠及び引用意匠の意匠に係る物品は、「五月人形」であり、両意匠の基本的構成態様は、「腰掛けに腰掛けた子供の武者姿の人形であって、頭部に兜を被り、忍緒を顎部で締め、鎧直錘を着用し、その上に鎧を付け、鎧の胴部には丸くげ帯を締め、腕に手具足を付け、腰には腰刀を携え、左手に弓を持って左腰に添え、右手には采配を持ち、足に貫を履いて腰掛けに座っている」(審決書5頁6~11行、7頁1~6行)ものとして、共通するものであることは、当事者間に争いがない。

このように子供の武者姿の人形が、頭部に兜を被って忍緒を締め、鎧直錘を着用した上に実際の鎧を比較的忠実に再現した鎧を付け、腕にも手具足を付け、両足を開いて腰掛けに座っている態様のものは、引用意匠の出願の日(昭和49年6月14日)から本件意匠の出願の日までの間に出願された多数の先行意匠、すなわち、意匠登録第493354号、同第509692号、同第509738号各公報(甲第6号証の2~4)、同第537292号公報(同号証の6)、同第539255号、同第539706号、同第540243号各公報(同号証の8~10)、同第575911号、同第575936号、同第577418号各公報(同号証の12~14)、同第589711号公報(同号証の16)、同第589713号、同第589714号、同第589722号、同第589723号、同第589726号、同第590089号各公報(同号証の18~23)、同第637600号公報(同号証の30)、同第646858号公報(同号証の33)に示されるとおり、五月人形における極めて一般的な形態の一つと認められ、その中の多くの意匠は、本件意匠及び引用意匠と同様に手に采配や各種の武具を持ち、足に貫を履いているものと認められる。

(2)  次に両意匠の具体的構成態様についてみると、「<1>兜は、鍬形をやや長めとし、兜中央前方に龍頭を配し、吹き返しには模様を施し、鎧直錘は袖を七分袖としたものであり、<2>手足具は、鎧直錘の上腕部と手の下腕部に付け、<3>鎧は、大袖、弦走、胸板、栴檀板、鳩尾板、前草摺、射向草摺、引敷草摺、はい楯からなり、総ての草摺の裾部の角に裾金物を施し、<4>右手に采配を前方がやや下向きになるように持ち、弓はやや前下がりにして、<5>腰刀はほぼ水平に丸くげ帯に差し、<6>台は矩形状の低い板状のものである」(審決書12頁7~17行)点で共通することは、当事者間に争いがない。

しかし、細長い長鍬形の兜は、引用意匠出願前から知られていたものであり(1956年2月25日発行、平凡社「世界大百科事典6」81頁、乙第1号証)、幅が広く短めの丸鍬形の兜とともに五月人形の分野でも本件意匠の出願前から知られていた意匠である(意匠登録第555081号公報、甲第6号証の11、同第586586号公報、同号証の15、同第589713号公報、同号証の18)から、この点を意匠として創作性の高いものと認めることはできず、特に看者の注意を惹くものということはできない。その他の共通点も、前記各先行意匠に示されたような実際の鎧を比較的忠実に再現した鎧を着用するとともに、腕にも手具足を付けた従来の五月人形の形態と比較してみると、意匠全体の中で特徴的な部分であるとは認められず、意匠全体に与える影響は微弱なものというべきである。

原告は、本件意匠と引用意匠の鎧直錘は、袖を七分袖とし、袖内に詰物を詰めその袖口部分をほぼ肘部で結束保定させて上臆部にふくらんだ袖をもたせ、該袖に上部手足具を、袖の介在しない下腕部に下部手足具を付けた構成を採用しており、この構成については、実用新案としても登録されている(実用新案登録第1264877号・実公昭和53-17906号公報、甲第7号証)から、五月人形として独特の創作性があり、類否判断の重要な要素となると主張する。しかし、実際の武者の姿において、手足具を鎧直錘の上腕部と下腕部に付けることも古くからよく知られていたことであり(昭和27年6月15日第13刷発行、白楊社「新国語図録」21頁、乙第3号証)、これを模して、その手の部分に手具足を付け、かつ、鎧直錘の袖を七分袖とした形態は、五月人形においても、古くから採用されていた形態と認められる(昭和58年5月30日発行、東京堂出版「吉徳これくしょん雛人形・五月人形・羽子板」、乙第2号証)から、上記構成を採用した考案に新規性が認められて実用新案登録されたからといって、その意匠としての形状が常に看者の注意を惹くものであるとはいえず、両意匠が上腕部及び下腕部に手足具を付けた点が看者に対して微弱な印象しか与えないことは前示のとおりであるし、上膊部がわずかにふくらんだ袖部分も同様の印象を与えるにすぎないと認められるから、原告の上記主張は採用できない。

(3)  これに対し、一般の需要者がこの種物品を購入しようとする場合、先ず注目して最も注意深く観察するのが人形の顔であることは、社会通念上明らかであるから、両意匠の差異点のうち、特に「顔の態様について、本件登録意匠は、全体がやや下膨れでふっくらとした顔つきで、目は切れ長で口許は小さいのに対して、引用意匠は、全体として凛々しい顔つきで、目は見開き口許はややへの字に閉じた態様である点」(審決書13頁12~16行)での顕著な相違は、両意匠の類否を検討する上で極めて重要な印象を及ぼすものである。しかも、前示のとおり、本件意匠の五月人形の顔は、比較的上品でおとなしい感じがするのに対し、引用意匠の顔は、いわゆるまなじりを決するような凛々しい印象を受けるものであるから、見る者に顕著な別異感を与えるものと認められる。

また、本件意匠は、太刀を携えている一方、背矢を持っていないのに対して、引用意匠は、背矢を持っているが太刀を持っていないから、武具である備品として、本件意匠では太刀と弓が看取されるのに対し、引用意匠では、弓矢のみが強調され、異なった美感を与えるものと認められる。さらに、本件意匠の台の態様は、やや横長角矩形状の上面の周縁を額縁状に残して全体に畳模様を表し、屋内を思わせるのに対して、引用意匠の台は、正方形状であって無模様であり、台の上と腰掛けの上に動物の毛皮様の敷皮を敷いてあるから、引用意匠における前示の凛々しい印象が、一層強調されることになり、看者に与える印象が全く異なったものとなる。

原告は、太刀、背矢、敷皮といった備品の有無は、状況に応じて適宜選択されるものであるから、意匠の類否判断の対象とすべきでないと主張する。しかし、五月人形における両意匠のような基本的構成態様は、前示のとおり、従来から広く知られたものであり、その造作、形状等に大差がないことは原告も認めるところであるから、一般の需要者は、人形の顔のほかに、比較的目立つ各種備品の有無によって意匠を識別するものと考えられ、原告の上記主張は採用できない。

その他審決の認定する鎧の態様や手の位置における差異点(審決書13頁16行~14頁10行)も、上述の差異点とあいまって、意匠全体において別個の印象を強く惹起するものと認められる。

(4)  前示の共通点及び差異点を総合して、本件意匠と引用意匠を見ると、具体的構成態様における差異点から生ずる顕著な印象は、両意匠の共通した態様を凌駕し、全体として別異の美感を与えるものというべきである。

したがって、審決における両意匠の共通点及び差異点に関する類否判断(審決書11頁4行~15頁14行)に誤りはなく、取消事由2及び3は理由がない。

4  なお、付言するに、原告代表取締役は、その陳述書(甲第8号証)で、審決の判断を論難するが、その記載の「本件登録意匠の顔は、もともと私の創作したものであり、そのアイデアを私の父の重田正男が三好人形店(本件登録意匠の創作者光岡孝夫が社長)と組んで商品化して売り出し、同時に意匠出願したものです。」(同号証1頁下から4行~2頁1行)との事実がそのとおりであれば、原告代表取締役のアイデアに基づく顔を基本とし、重田正男及び光岡孝夫が商品化した五月人形につき、その全体の意匠の創作者は光岡孝夫であるとして意匠登録出願することは、すなわち、本件意匠が引用意匠とは類似しないものとの認識の下に出願されたものということになり、審決の上記判断は、上記三者の認識と一致していたことになる。また、仮に被告が原告代表取締役の著作権を侵害しあるいは不正競争防止法違反の行為等をしている事実があるとすれば、もとより、これにつき別途法の救済を求めることができるわけであるが、本件意匠が意匠法3条1項3号の規定に違反して登録されたものかどうかが問題とされた本件審判事件において、上記事実を勘酌することは職務上なすべき事柄ではないから、これをしなかったことをもって審決を論難する理由とすることはできない。

5  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成6年審判第13782号

審決

静岡県袋井市堀越388-2

請求人 有限会社 秀月人形店

静岡県浜松市元城町218番地の29 (フラワービル5階)

代理人弁理士 野末祐司

静岡県袋井市深身2410番地

被請求人 鈴木昇

東京都中央区銀座7-14-3 松慶ビル

代理人弁理士 井上清子

東京都中央区銀座7-14-3 松慶ビルディング 井上清子特許事務所

代理人弁理士 亀川義示

上記当事者間の登録第723759号意匠「五月人形」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

1、 請求人の申立て及び理由

請求人は、「意匠登録第723759号意匠の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」と申し立て、その理由として、要旨以下のとおり主張し、証拠として甲第1号証を提出した。

すなわち、意匠登録第723759号意匠(以下、「本件登録意匠」という。)は、昭和51年1月21日発行の意匠公報に所載の登録第414201号意匠(以下、「引用意匠」という。)と次に述べるとおり類似するものであるから、意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠に該当し、意匠登録を受けることができないものであるから、同法第48条第1項第1号によりその登録を無効とすべきである。

すなわち、本件登録意匠と引用意匠は、<1>武者が、子供であり忍緒を顎下で締めているため、子供らしさを発揮し、子供の祝い飾りに適している。<2>右腕を水平に上げその手に采配を持っているとともに左腕を腰に抱え込み手には弓を持っているため、武者人形としての威風堂々とした状態を維持することができる。<3>胴体に比べて太めの帯(丸くげの帯)を締めているとともに七分袖で上腕部と下腕部(手首)に手具足を付けているため、現実の状態との不釣り合いからくる人形としての可愛さを発揮している。点において両意匠は共通しているものである。

一方、<1>引用意匠は、背矢を背負っているが、本件登録意匠は、背矢を背負っていない。<2>引用意匠は、腰掛けに毛皮を敷いて座っているが、本件登録意匠は、直接腰掛けに座っている。点に差異がある。しかしながら、これらの差異は、武者人形では通常行われている単なる商業的な設計変更であり、この違いによって、美的外観(顧客吸引力)が異なるものでないと解される。その上、本件登録意匠は、引用意匠から背矢と毛皮を除いたものであり、創作力が全くないものであるから、両意匠は、全体的に見て美観上紛らわしいとともに創作上特別な差異がなく、類似の関係にある。

2、 被請求人の答弁及び理由

被請求人は、「結論同旨の審決を求める。」と答弁をし、その理由として以下のとおり主張し、証拠として乙第1号証乃至乙第11号証を提出した。

すなわち、請求人の主張する本件登録意匠と引用意匠とが共通する態様は、引用意匠の出願前から武者人形の意匠においては、公知、若しくは周知のものであるから、看者はこれらの構成について特徴ある部分として特に注意が喚起されることがなく、それ以外の形状や姿態(顔の表情、兜、大鎧等の形状、台、足まわり等)に注目され印象づけられ、これらの態様において顕著な差異があり、両意匠の全体的な美感を異にするものであるから、本件登録意匠は、引用意匠に類似するものではない。

3、 当審の判断

(1)本件登録意匠

本件登録意匠は、登録原簿によれば昭和60年7月15日出願に係る意願昭60-29888号意匠であって、昭和62年10月9日に設定登録されたものであり、その意匠は、願書及び願書に添付した図面代用写真の記載によれば、意匠に係る物品が「五月人形」であって、その形態は次のとおりである。(別紙第一参照)

腰掛けに腰掛けた子供の武者姿の人形であって、頭部に兜を被り、忍緒を顎部で締め、鎧直垂を着用し、その上に鎧を付け、鎧の胴部には丸くげ帯を締め、腕に手具足を付け、腰には腰刀を携え、左手に弓を持って左腰に添え、右手には采配を持ち、足に貫を履いて腰掛けに座っている態様とする基本的構成態様であり、その各部の具体的態様について、顔は、全体がやや下膨れでふっくらとした顔つきで、目は切れ長で口許は小さく、兜は、鍬形をやや長めとし、兜中央前方に龍頭を配し、吹き返しには模様を施し、忍緒は太めのものであり、鎧直錘は、無地であって袖を七分袖とし、手足具は、鎧直錘の上腕部に当たる部分と手の下腕部に付け、鎧は、大袖、弦走、胸板、栴檀板、鳩尾板、前草摺、射向草摺、引敷草摺、佩楯からなり、弦走は、表面全体に模様を施し、射向草摺は、体のほぼ真横に八の字状に配し、総ての草摺の裾部の角に三角形状の裾金物を施し、佩楯は前草摺と射向草摺の間から覗かせて両足から張り出すように配し、右手は右膝の方向に外側に開いて略水平に伸ばし、采配を前方やや下向きになるように持ち、弓は前方を外側に向けてやや前下がりにして左手で左腰のほぼ真横で支持し、腰刀はほぼ水平に胴前方で丸くげ帯に差し、左腰に大太刀を携え、腰掛けは、角を丸めた円板を柱状に積層したような丸座であり、台はやや横長矩形状の低い板状のものであり、その上面の周縁を額縁状に残して全体に畳み模様を表しているものであって、そして、意匠全体に色彩を施したものである。

(2)引用意匠

引用意匠は、昭和51年1月21日発行の意匠公報に所載の登録第414201号意匠であって、同公報の記載及び願書に添付した図面代用写真の記載によれば、意匠に係る物品が「五月人形」であって、その形態は次のとおりである。(別紙第二参照)

腰掛けに腰掛けた子供の武者姿の人形であって、頭部に兜を被り、忍緒を顎部で締め、鎧直垂を着用し、その上に鎧を付け、鎧の胴部には丸くげ帯を締め、腕に手具足を付け、腰には腰刀を携え、左手に弓を持って左腰に添え、右手には采配を持ち、足に貫を履いて腰掛けに座っている態様とする基本的構成態様であり、その各部の具体的態様について、顔は、全体として凛々しい顔つきで、目は見開き口許はややへの字に閉じ、兜は、鍬形をやや長めとし、兜中央前方に龍頭を配し、吹き返しには細かい模様を施し、鎧直錘は、模様を表し袖を七分袖とし、手足具は、鎧直錘の上腕部に当たる部分と手の下腕部に付け、鎧は、大袖、弦走、胸板、栴檀板、鳩尾板、前草摺、躬向草摺、引敷草摺、佩楯からなり、弦走は、表面全体に草摺状の重ね板を施し、その左右に飾り房を飾り金具から垂下し、射向草摺は、八の字状に広げた両足の上に配し、総ての草摺の裾部の角に四角形状の裾金物を施し、佩楯は射向草摺と略重なるように両膝から垂れ下がらし、右手はくの字状に曲げて右膝上に置いて采配を前方がやや下向きに持ち、弓は左腰に前方を内側に向けてほぼ水平にして左手で左足大腿部上で支持し、腰刀はほぼ水平に左腰前方で丸くげ帯に差し、背には背矢を持ち、腰掛けは床几状のものであり、台は正方形状の低い板状のものであって、台と腰掛けの上に毛皮の敷物を敷いて、その上に人形が腰掛けているものである。

(3)両意匠の比較

<ア>共通点

両意匠は、意匠に係る物品はともに五月人形であって、同一の物品である。次に形態について、両意匠は、前述した基本的構成態様において共通し、各部の具体的態様においても、<1>兜は、鍬形をやや長めとし、兜中央前方に龍頭を配し、吹き返しには模様を施し、鎧直錘は袖を七分袖としたものであり、<2>手足具は、鎧直錘の上腕部に当たる部分と手の下腕部に付け、<3>鎧は、大袖、弦走、胸板、栴檀板、鳩尾板、前草摺、射向草摺、引敷草摺、佩楯からなり、総ての草摺の裾部の角に裾金物を施し、<4>右手に采配を前方がやや下向きになるように持ち、弓はやや前下がりにして、<5>腰刀はほぼ水平に丸くげ帯に差し、<6>台は矩形状の低い板状のものである態様が共通している。

<イ>差異点

両意匠は、<1>顔の態様について、本件登録意匠は、全体がやや下膨れでふっくらとした顔つきで、目は切れ長で口許は小さいのに対して、引用意匠は、全体として凛々しい顔つきで、目は見開き口許はややへの字に閉じた態様である点、<2>忍緒の太さについて、本件登録意匠の方が引用意匠に比べてやや太い点、<3>鎧の態様について、本件登録意匠は、弦走に模様を施し、射向草摺は体のほぼ真横に正面視八の字状に設け、草摺の裾部の裾金物を三角形状にし、佩楯は前草摺と射向草摺の間から覗かせて両膝から張り出すように配しているのに対して、引用意匠は、弦走の表面に草摺状の重ね板を施し、その左右に飾り房を飾り金具から垂下し、射向草摺は、八の字状に広げた両足の上に配し、草摺の裾部の裾金物を四角形状とし、佩楯は射向草摺と略重なるように両足から垂れ下がらしている点、<4>手の位置について、本件登録意匠は、右手は右膝の方向に外側に開いて略水平に伸ばして采配を持ち、左手は左腰の真横に置いているのに対して、引用意匠は、右手をくの字状に曲げて右膝の内側に載せて采配を持ち、左手は左足大腿部上に置いている点、<5>背矢の有無について、本件登録意匠は、背矢を持っていないのに対して、引用意匠は、背矢を持っている点、<6>太刀の有無について、本件登録意匠は、太刀を持っているのに対して、引用意匠は太刀を持っていない点、<7>腰掛けの形状について、本件登録意匠は、角を丸めた円板を柱状に積層したような丸座であるのに対して、引用意匠は、床几状である点、<8>台の態様について、本件登録意匠は、やや横長矩形状であって、その上面の周縁を額縁状に残して全体に畳み模様を表しているのに対して、引用意匠は、正方形状であって、無模様である点、<9>敷皮の有無について、本件登録意匠は、敷皮を敷いていないのに対して、引用意匠は、台と腰掛けの上に毛皮の敷物を敷いて、その上に人形が腰掛けているものである点、<10>その他、色彩の有無に差異が認められる。

(4)類否判断

そこで、両意匠の共通点と差異点を総合し意匠全体として考察するに、まず、この種物品である五月人形若しくは武者人形と言われる分野においては、子供顔の武者姿をした人形は引用意匠の創作前から我が国において伝統的な人形として古くから存在していたものであり、その全体の構成態様とするところは武士が甲冑具を身につけた戦闘時の装束の態様を人形の意匠として表したものである。これを前提に前述した両意匠の基本的構成態様を見ると、この態様は武者人形として最も様式化された意匠の範囲に含まれるものと認められる。したがって、このように様式化された武者人形の意匠においては、その創作の主たる要点は、様式化した基本的構成態様を基にして、従来からある各部の種々の形態を適宜取捨選択し、あるいは従来からある各部の形態を部分的に改変し、そして、それらの各部の形態を組み合わせて全体としてのまとまりを形成するところにあるものと認められる。

してみると、本件登録意匠と引用意匠が共通する基木的構成態様は、両意匠の類否判断を支配する要素になるものと言うことができず、さらに、各部の具体的態様において、<1>兜は、鍬形をやや長めとし、兜中央前方に龍頭を配し、吹き返しには模様を施し、鎧直錘は袖を七分袖としたものであり、<2>手足具は、鎧直錘の上腕部と手の下腕部に付け、<3>鎧は、大袖、弦走、胸板、栴檀板、鳩尾板、前草摺、射向草摺、引敷草摺、はい盾からなり、総ての草摺の裾部の角に裾金物を施し、<4>右手に采配を前方がやや下向きになるように持ち、弓はやや前下がりにして、<5>腰刀はほぼ水平に丸くげ帯に差し、<6>台は矩形状の低い板状のものである態様が共通しているが、これらの共通した態様は、各部の形態としては従来の態様と比べて特段目新しいものではなく、又、これら各部の形態を組み合わせた態様を意匠全体として見ても、これらの態様のみでは未だ全体を構成する要素としては部分的なものであって、看者に両意匠の共通の特徴として印象づけるほど全体を支配するものと認めることはできず、類否判断を左右するところと言うことはできない。

そうすると、両意匠の類否判断に当たっては、前述した両意匠の共通する態様のみではなく、その余の各部の具体的態様も含めて意匠全体として考察するのが相当であると言うほかない。その余の各部の具体的態様において、両意匠は、前述したとおりの差異が認められるところであり、わけても、<1>顔の態様について、本件登録意匠は、全体がやや下膨れでふっくらとした顔つきで、目は切れ長で口許は小さいのに対して、引用意匠は、全体として凛々しい顔つきで、目は見開き口許はややへの字に閉じた態様である点、<2>鎧の態様について、本件登録意匠は、弦走に模様を施し、射向草摺は体の真横に正面視八の字状に設け、佩楯は前草摺と射向草摺の間から覗かせて両足から張り出すように配しているのに対して、引用意匠は、弦走の表面に草摺状の重ね板を施し、その左右に飾り房を飾り金具から垂下し、射向草摺は、八の字状に広げた両足の上に配し、佩楯は射向草摺と略重なるように両膝から垂れ下がらしている点、<3>手の位置について、本件登録意匠は、右手は右膝の方向に外側に開いて略水平に伸ばして采配を持ち、左手は左腰の真横においているのに対して、引用意匠は、右手をくの字状に曲げて右膝の内側に載せて采配を持ち、左手は左足大腿部上に置いている点、<4>背矢の有無について、本件登録意匠は、背矢を持っていないのに対して、引用意匠は、背矢を持っている点、<5>太刀の有無について、本件登録意匠は、太刀を持っているのに対して、引用意匠は太刀を持っていない点、<6>腰掛けの形状について、本件登録意匠は、角を丸めた円板を柱状に積層したような丸座であるのに対して、引用意匠は、床几状である点、<7>台の態様について、本件登録意匠は、上面の周縁を額縁状に残して全体に畳み模様を表しているのに対して、引用意匠は、上面は無模様である点、<8>敷皮の有無について、本件登録意匠は、敷皮を敷いていないのに対して、引用意匠は、台と腰掛けの上に毛皮の敷物を敷いて、その上に人形が腰掛けている点にみられる両意匠の各態様は、それぞれ従来から存在するもの、あるいは従来の形態の一部を改変するものであっても、これらの両意匠の差異点は部分的に限られたところにおけるものではなく相当数の部位における差異であることを勘案し、これらの態様を総合して意匠全体のまとまりとしてみれば、これらの差異点は両意匠の共通した態様を凌駕して両意匠全体の形態に影響を与えるものと認められるから、本件登録意匠は、引用意匠とは別異の意匠の創作に係るものと認識される形態上のまとまりを形成しているものと言わざるを得ない。

4、 まとめ

以上述べたとおり、本件登録意匠は、意匠の類否判断を支配する各部の具体的態様において、引用意匠と一定の差異が認められるものであるから、本件登録意匠は、引用意匠と意匠全体として類似するものとすることができないので、意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠に該当しないものである。

したがって、請求人の提出した証拠方法によっては、本件登録意匠についてその登録を無効とすることことができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年3月27日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙第一

本件登録意匠

意匠に係る物品 五月人形

<省略>

別紙第二

引用意匠

意匠に係る物品 五月人形

<省略>

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